
「友愛数。神の計らいを受けた絆で結ばれ合った数字なんだ」
監督・脚本:小泉堯史
出演:寺尾聰 、深津絵里 、齋藤隆成 、吉岡秀隆 、浅丘ルリ子
劇場: CINECITTA'
公式サイト:
http://hakase-movie.com/
■作品について
第一回本屋大賞(2004)受賞の小川洋子さんの同名の小説が原作。交通事故により、80分しか記憶がもたない数学博士(寺尾聰)。博士の下に、身の回りの世話をする新しい家政婦がやってきた。深津絵里演じる若き家政婦は、ルートとあだ名される少年を育てるシングルマザー。「君の靴のサイズはいくつかね。」博士と家政婦とルートの静かにも暖かい日々が始まる。
■感想
この作品も半年ほど前に原作を読みました。博士と家政婦とルートのちょっと変わった、でも、どこまでも穏やかで、どこまでも深い愛情を、たんたんとした文章でつづりあげた物語。とても好きな小説です。その物語を織りなす、思いやりと慈しみに溢れる文章は、全編に渡って途切れることなく、日本語の美しさを感じさせてくれるものでした。それだけに、「この物語を映画でどう表現するんだろう。」映画化を知って、楽しみな反面、不安も少なからず・・・というところ。
でもこの映画は、「どうしてそんな心配が必要なのさ」といわんばかりに、見事な構成でした。
原作では、家政婦を語り手として登場させていますが、映画では語り手をある別の登場人物にゆだねています。これが絶妙な効果で、「友愛数」、「素数」、「オイラーの公式」など物語に欠かせない重要な要素だけど説明臭くなりがちな曲者たちを、実に自然に映画の中に取り入れています。しかも、この語り手の登場の仕方というのは、原作を壊したものではないところが心憎いところ・・・。
そして、博士の記憶障害から毎日「君の靴のサイズはいくつかね?」で始まる毎日。これが脚本に上手くリズムを与えてくれています。小泉監督、お見事です。
交通事故で80分しか持続しなくなった不自由な記憶に苛まれつつも、一途に数の世界の美しさを探求する博士。「天才となんとかは紙一重。」自分の記憶障害が、関わる人に余計な迷惑や心配をかけているのではないかという心遣いから、どうしても人付き合いがぶっきらぼうになってしまう博士。原作でも映画でも、博士のもとに派遣された家政婦はどんどん止めていっているという設定です。
深津絵里演じる家政婦杏子は日ひちにちと博士と生活していく中で、そんな博士と家族同様の関係を作り上げていきます。他の家政婦とは何がちがったのでしょう。・・・異なるものを受け入れる杏子の心の豊かさ、深さでしょうか。原作で、おだやかで美しい文章が作り出していた杏子の人柄・・・深津絵里さんを起用したキャスティングはドンピシャだったと思います。原作が持つ心の安らぎと静かさがゆったりと調和するようなリズムを映画でも作り出してくれているように思います。
成人したルートを演じた吉岡秀隆さん。純ともDr.コトーとも茶川竜之介とも違う新たな魅力を演じ出してくれました。この映画化には欠かせない人だと思います。それにしても子供時代のルート、齋藤隆成くん・・・大きくなったら吉岡秀隆になれそうなくらい似てますね。
そして主演の寺尾聰さん。私が原作を読んでいたときの「博士」のイメージは「アインシュタイン」その人。原作の文章としてもそんな感じで紹介されています。原作から受けたイメージと異なるものを見せられるのは、作品全体のイメージを変えられてしまいそうで恐ろしいのですが、スクリーンの中には、姿形は異なるけれど、原作の博士の「心」を持った映画版の博士がしっかり息づいていました。
実は、私が観た回は、上映後に寺尾聰さんの舞台挨拶がありました。初めて生で見る寺尾さん。生の声でこの作品に持つ思い入れや、小泉監督や黒澤明監督の話を交えたエピソード・・・貴重なお話を聞かせていただけ、映画への感銘に華を添えてくれました。
この映画には数学の得手不得手、好き嫌いは関係ありません。ちょっぴり優しく、ちょっぴり数学に興味をもって映画館からでてこられることと思います。それにしても、今年の邦画のベストを争うような映画が1月から連発しています。これから公開の作品も期待して観たいですね。
博士の愛した数式(文庫版)
小川 洋子
博士の愛した数式(単行本)
小川 洋子